Deal・ミズホ武芸帳
第10話 「戦士の魂 − 死の街 −」
デルシアの街を出て鹿の群が歩き回っている小高い丘を北上すると、遠くに橋があるのが見えた。
橋の欄干になにか白いものが寄りかかっている。
近づいてみると、それは動かなくなったスケルトンの残骸だった。
どうやら向こうに見える薄汚れた廃墟が目的の場所、死の街のようだ。
橋に倒れているスケルトンを観察してみる。
あちこち刃こぼれした剣を持ち、傷だらけの鎧を着ている。
近くに転がっている錆びついた盾もこいつが使っていたようだ。
生きていたときは騎士か傭兵かなにかだったのだろうか。
彼らの魂を救ってやる唯一の方法が、その闇の生命を絶つことのみというのは何ともいたたまれない。
しかし彼らを憐れんで躊躇していると自分がその仲間になるやもしれない。
俺は迷いを捨て、対岸に見える不気味な建物目指して馬を進めた。
街は人影もなく、ひっそりとたたずんでいる。
噂では多くの冒険者が修行の場にしているということだったが、こんな日もあるのだろう。
動くものが何もない廃墟の中を、俺は慎重に進んでいった。
ごそり、ととある建物の中でなにかが動く気配がした。
がりがりと重い鉄の塊を引きずるような音が、徐々にこちらに近づいてくる。
俺は剣と盾をしっかりと構え直し、建物の入り口に全神経を集中させた。
やがて闇の中にぼんやりと白い人影が現れ・・・やがてそれが鎧をまとったスケルトンだと分かった。
橋で見たのと同じ、ボーンナイトだ。
奴は虚ろな眼窩を俺の方に向けた。
突然! ボーンナイトは引きずっていた剣を跳ね上げ、予想を遥かに上回る機敏さで俺に襲いかかってきた!
盾でとっさにその鋭い斬撃をかわす!
その見かけからは想像もつかないほど重い一撃だ。
俺も剣を振るって奴に斬りかかるが、俺の攻撃も奴の盾に弾かれてしまった。
そして体勢を立て直そうとしたところを斬りつけられたために避けきれず、思わぬ深手を負ってしまった。
痛みに耐えて反撃して、奴がひるんだ隙に少し間合いを開けることにした。
包帯を巻いて止血しながら相手の様子を窺う。
先程の俺の攻撃で受けた傷など全く意に介さず、俺を追ってこちらにやってくる。
その動きに意志のようなものは感じられない。
ただ生者に対する殺戮本能があるだけのようだった。
俺の心にかすかな憐憫の気持ちが浮かんだ。と、同時にわずかながらの恐怖心も。
死んだ後も戦い続ける宿命・・・後から考えると、それはボーンナイトに自分の姿を重ねてしまったのだと思う。
しかしその時の俺はもはやそんなことを考えている余裕など無かった。
背後の路地裏、近くの建物、そして街を取り囲む深い森の奧・・・
その様々な闇の中から様々なアンデッド達が姿を現し、まっすぐ俺に向かってきたからだ!
ジェロームの墓場でよく見かけたスペクターやスケルトンに混じって、ボロボロのローブをまとったスケルトンがいた。
そいつの周りにマナが凝縮したかに見えた直後、俺は強烈な炎に包まれていた!
フレイムストライクを使うスケルトン・・・ボーンメイジか!
続けてエネルギーボルトを放つボーンメイジ。
更に周りを取り囲んだレイス達も魔法で攻撃を仕掛けてくる。
俺の全身はみるみる傷だらけになっていくが、幸い致命傷を受けるのだけは避けられた。
しかし先程のボーンナイトが目の前に迫ってきている。
俺はリュートを取り出し、特殊な旋律でアンデッド達を攪乱することにした。
弦を爪弾き、ボーンナイトの傍らにいたスペクターを扇動することにした。
ボーンナイトが剣を振り上げて斬りかかろうとしたとき、扇動されたスペクターが俺と奴との間に割って入った。
その隙をついてなんとか横をすり抜ける事ができたので、一旦街の外に出て体勢を立て直すことにした。
俺は街の入り口の開けた場所で奴らを迎え討つことにした。
ここなら馬の機動力を存分に発揮できるからだ。
比較的動きの素早いレイス達が近づいてくるが、こんな雑魚共に構っている暇はない。
リュートの旋律でレイス達を攪乱し、すがりついてくるスケルトンを切り伏せ、
一気に間合いを詰めてからの連撃でボーンメイジを打ち倒す。
縦横に馬を走らせ、俺はアンデッド達を蹴散らしていった。
ほとんどのアンデッドを無力化した頃、扇動されたスペクターを倒したボーンナイトが街の外に出てきた。
俺は剣を鞘に収め、奴から目を離さないようにして背後に手を伸ばした。
そして右手で愛用のハルバードをしっかり掴むと、手綱を持ったままの左手も添える。
奴は剣を構えて、こちらに向かって歩み始めた。
それを見た俺は、武器架からハルバードを引き抜き、一気に突進した!
ハルバードを引き抜く勢いに馬の突進力を加えて、すれ違いざま横凪にブレードを叩き付けてやった。
金属同士がぶつかる激しい音が死の街に響いた。
奴は盾で防ごうとしたようだが、ハルバードの一撃を受け流す事はできなかったようだ。
俺は手綱を引いて馬の足を緩め、充分距離が離れたところで転回させた。
ボーンナイトはダメージを受けたものの、まだその恐るべき戦闘力を衰えさせた様子はない。
俺は再びハルバードを構え直し、奴に向かって馬を突進させた。
何度馬を突進させただろうか。
奴は見た目にそれと分かるほどダメージを受けている。
そういう俺もあちこち怪我だらけだが、奴程じゃあない。
あと一撃!
渾身の気合いを込めて馬を走らせ、すれ違いざまに思い切りブレードを叩き付けた!
そして確かな手応えと共に、闇の魔力の切れた骨が崩れ落ちる音を聞いた。
・・・戦士の魂よ、安らかに・・・
戦いで乱れた息を整えながら祈りを捧げる。
そしてその時俺は確かに感じ取った。
死の街の奥深くに潜む、全ての不浄なる者の長にして創造主の存在を。
そしてそいつが俺の存在に気付いており、悪意に満ちた視線をどこかから送っていることを。
いいだろう、受けて立つぜ。
これまでにないほど強い邪悪な気配に怯えて、馬が不安そうにいななく。
その首を叩いてなだめつつ、街の奧の暗闇をしばらく睨みつけるように凝視する。
そして俺は武器を構え直して、再び死の街へと入っていった。
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